【AFLフラッシュバック 80’s,90’s】第2回 AFLでは、2世、3世プレーヤーは当たり前!(前編)

AFLフラッシュバック 80’s,90’s

1980年代、90年代にオーストラリアで幼少期、青年期を過ごした筆者が、VFL/AFLの逸話をご紹介します。

第1回 2017/10 超人気の州リーグ’VFL’から、全国リーグの’AFL’へ
第2回 2017/11 AFLでは、2世、3世プレーヤーは当たり前!(前編)
第3回 2017/12 AFLでは、2世、3世プレーヤーは当たり前!(後編)
第4回 2018/1 80年代~90年代、最強を誇ったPort Adelaideと、AFL参入のゴタゴタ
第5回 2018/2 キック力は、世界標準!NFLでも通用した、AFL選手達
第6回 2018/3 AFLのスタジアム事情 ~80年代、90年代のスタジアム探訪(前編)~
第7回 2018/4 AFLのスタジアム事情~80年代、90年代のスタジアム探訪(後編)~
第8回 2018/5 ミスターゲス不倫 Wayne CareyのFootball人生
第9回 2018/6 State of Origin の歴史
第10回 2018/7 80年代~90年代を彩った、スーパーフォワード

 

現在、AFLで活躍している2世、3世選手は非常に多い。かつての名選手のジュニアから、はたまた驚きの”AFL”ファミリーを、前編、後編に分けて紹介したい。

『特殊DraftのFather – Son Rule』

かつての日本のスポーツ界では、2世選手は大成しないとよく言われていた。最近では、時代の変化もあり、アマチュアスポーツ界を中心に、2世選手も多くなってきているが、日本のプロ野球などでは、いまだ親子ともに名選手という事例がほぼないに等しい。一方、VFL/AFLの世界では、当たり前のように、2世、3世選手が存在し、制度としても多くの”ジュニア”誕生に一役買っているのが、AFL National DraftのFather – Son Ruleである。VFL時代から存在するこの制度は、時代とともに細かい部分で変遷しているが、現状では、『AFLで100試合以上そのクラブで出場した選手の子息は、優先的にDraft指名できる』というものである。世界的に見ても、このような制度を導入しているプロスポーツ組織は少なく、いかにこの制度がユニークであることがわかる。しかし、いくら優先的にもDraft指名できるといっても、その選手がプロ選手としてのレベルに達していないとクラブ側としても指名することはない。それでも、これだけのジュニアが存在するのは、いかにオーストラリアンフットボールが、オーストラリア全土に根ざしているかが伺い知れる。なお、2017年から始まった女子リーグの”AFL Women’s”でも、女子版の”Father-Daughter” システムの導入が検討されている。

 

『Essendon の2世スター ~Joe Daniher, Jobe Watson~』

現在のAFLで、人気、実力共にうなぎ昇りなのが、人気クラブEssendonのスター・フォワードのJoe Daniherである。フォワードという得点を決めるポジションであるだけでなく、長身で端正なマスク(チョビ髭は微妙だが。。)と、人気に必要な要素をすべて備えている。そんな、Joe Daniherは、Essendon の80年代の黄金期を支えた、”Daniher4兄弟” の三男(三兄)、Anthony Daniherのジュニアにあたる。Anthony Daniherは、主にFull Backとしてプレーし、South Melbourne,Essendonで合計、233試合に出場。CHFとして、300試合以上の実績を誇るEssendonのレジェンド、長兄のTerry Daniherと比べると決して派手ではないが、堅実なプレーで長年Essendonを支えた選手である。

 

AFLの顔となった Joe DaniherとDaniher4兄弟。 一番左がJoeの父親 Anthony Daniher。

 

2012年にBrownlow Medalを受賞(その後、Essendonの禁止薬物問題に関与したことで剥奪)し、2017年のシーズン終了と共に引退を発表したEssendonのオン・ボーラーのJobe Watsonも、2002年のNational DraftでFather -Son Ruleで指名を受けた、2世選手である。Jobeの父親、Tim Watosnは、現在はAFLの人気コメテンターとして活躍しているが、1977年~1994年までEssendonでプレーし、Terry Daniherと共に、80年代、90年代のEssendonを牽引したレジェンドである。特に、1984年のHawthornとのGrand Finalで、第4Q、23点差のビハインドから、9ゴールを叩きこみ逆転(Timもそのうち2ゴールを挙げる)した試合での活躍が印象的である。Timは1992年に一時引退したもの、1993年にカムバックを果たし、そのまま1993年の優勝に貢献。そして、再び1994年のシーズン終了と共に引退。主にハーフフォワードとして活躍したが、トータル335ゴールは決してフォワードとしては圧倒的な数字を残しているわけではない。だが、大事な試合、大事な時間帯で決めることが多く、非常に勝負強い選手であった。

 

2017年引退を発表したJobe Watson と父親のTim Watson

 

『親子でオン・ボーラー ~Tom Mitchell~』

2017年のBrownlow Medalは、RichmondのDustin Martinが圧倒的な得票数(36票)で受賞したが、25票で、2位に食い込んだのが、Hawthornのオン・ボーラー(ミッドフィルダー) Tom Mitchellである。2017年、5シーズン過ごしたSydneyを後にし、Hawthornに移籍したTom Mitchellは、VFL/AFLシーズン新記録の、787 Disposal (キック数 + ハンドボール数)を達成する。そんな、Tomの父親は、1984年~1992年にSydney SwansのRoverとして活躍した、Barry Mitchellであるが、興味深いのは、親子で同じポジション(オン・ボーラー)という点だ。1980年代のSydneyといえば、本拠地をシドニーに移した、所謂、”新生Swans”の時期で、1987年には、Brownlow MedalistのGerald Healy、Greg Williamsと共に、強力な中盤を構成し、 スーパーフォワードのWarwick Capperがゴールを決めるという勝ちパターンから、ファイナルにも進出した。その後、1990年前後、低迷期に入ったSydneyを後にしたBarryは、Collingwood、Carltonでもプレーし、1996年に引退する。当時、Gerald HealyとGreg Williamsという二人の名手の影に隠れて、Brownlow Medalには縁がなかったBarry Mtichellであるが、まだ24歳のジュニアのTomには、今後、栄誉に輝くだけの才能が秘めている。

 

2017年度 Brownlow Medal 2位のTom Mitchell と父親のBarry Mitchell

 

『代表的な3世選手 ~ Josh Kennedy, Jack Silvagni~』

2世選手が多数いるAFLにおいて、3世代はさすがに稀であるが、その中でも、最も有名なのが、Sydneyのミッドフィルダー、Josh Kennedy である。3度のAll Australian に輝き、2017年のBrownlow Medalで3位となる23票を獲得した名手は、2006年のNational DraftでHawthornから、Father-Son Ruleで指名を受けて、AFLに参戦する(その後Sydneyへ移籍)。その父親は、1979年~1991年に同じくHawthornでプレーした、John Kennedy Jr.だが、むしろ祖父のJohn Kennedy Sr.の方が有名だろう。John Kennedy Sr.は、1950年~1959年の10年間プレーした後、1960年からHawthornのコーチに就任し、1961年、クラブに初優勝をもたらす。1971年、1976年にもHawthornを優勝に導き、名将としてクラブのレジェンドとなる。クラブは、その貢献をたたえ、現在の練習場Waverly Parkに、John Kennedy Sr.の銅像を建てた程である。

 

 

SydneyのJosh Kennedy , 父親のJohn Kennedy Jr, そして、銅像になった、祖父John Kennedy Sr.。 一番右は、JoshがHawthornにDraftされた際の、貴重な3世代揃っての写真。

 

2016年にデビューしたばかりの、CarltonのJack Silvagni は、Josh Kennedy程の実績はまだ残していないものの、数少ない3世選手の一人である。Jackの父親、Stephen Silvagniは、1985年~2001年までCarltonでFull Backとしてプレー。5度のAll Australianに輝き、1990年代、AFLを代表するディフェンダーであったが、そのトレードマークは、細い腕を隠すかのように常に着用していた、長袖ジャージーだろう(時折、ジュニアのJackも長袖を着ることがある)。そして、祖父のSergioは、1958年~1971年まで、CarltonのRuck-Roverとして239試合に出場し、CarltonのTeam of the Centuryに、息子のStephen共に選出されている。Jackが今後、偉大な父親、祖父を超える選手となるのか、見守っていきたいところである。

  

CarltonのJack Silvagni , 長袖がトレードマークの父親Stephen Silvagni (右は1990年代、数多くの名勝負を演じた、GeelongのGary Ablett Sr.) ,  そして、祖父のSergio Silvagni

宮坂 英樹
1972年7月1日生まれ。父親の仕事の関係で、オーストラリア・メルボルンで、幼少期を過ごす。1994年に、VAFA(Victoria Amateur Football Association) 3部リーグでプレー。国内では、Eastern Hawks等でプレーし、2007年現役引退。現一般社団法人日本オーストラリアンフットボール協会会長。

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